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安川電機―――歴史がありながら、なお進取の気概に富む

 会社が高い収益を上げるためには3つの条件が必要だ。一つは経営陣が企業は顧客のためにあると認識すること。二つ目は株主のために利益を生み出し、株主のためによい会社になること。三つ目は社員に安定した生活を提供すること。この3つの理念に沿って安川電機は高収益を達成した。

 ダーウィンはかつてこう言った。自然淘汰の中で生き残る種は最強・最上のものではなく、最も変化に適応した種だと。この言葉は企業に対しても同様に当てはめることができる。2015年、安川電機株式会社は創立100周年を迎える。この1世紀の間に、2度の世界大戦、幾度にも及ぶ技術革新、経済危機、オイル・ショックを経験し、日本列島に何度も起こった自然災害を乗り越えてきた。同時期に設立されたほとんどの企業は音もなく消えていった。
 安川電機株式会社の利島康司社長は、2012年中日CEOフォーラムで次のように発言した。「(創業)100年を超す企業が上場企業の中に1%もあるのかどうか、私にもわかりません。ですが安川電機はいつでも厳しい環境に向き合い、生き残るために努力してきました」。

 安川電機は1915年に創立、現在日本に1万人、海外に3,000人の従業員を抱える。主要製品はロボット、ならびにエアコン・インバータ、その中でも機械用ロボットが30%を占め、インバータが20%、その他は鉱物探査モーター、電気モーターなどとなっている。

 利島社長は、安川電機が長く生き残ってきた理由のひとつは「創業精神を守ってきた」ことだと考えている。
 1915年、安川電機が北九州で設立したばかりの頃は、鉱物探査、鉱山採掘事業に従事し、主に鉱山用モーターを生産していた。企業の発展に伴い、「当社では一つの経営方針を打ち出しました。それは『お客様至上』主義です。安川電機は社会のため、人類のための貢献を掲げたのです。今の言い方でいえば、『顧客からニーズがあれば、それに応えるトータルソリューションを提示する』ということです」。 トータルソリューションを提供するために企業は革新を続けていかなければならない。「革新と創業精神を結びつけることは企業が長く生き残るための重要な条件です」。利島社長氏は、新技術の開発だけではなくニーズを掘り起こし、革新、刷新、ニーズを結びつけて企業の将来的な発展を考えなければならないと強調する。
 また、生き残っていくには収益を考えることが必須だ。刻一刻と変化する社会に合わせ、企業は収益を上げると同時に社員の給料と福利を向上させ、社員が企業の発展と成長を肌で感じるようにできなければならない。
 利島社長は、企業の成長と増収を実現するための支えとなるのは人材育成と考える。「メーカーにとって、最も重要なのが人材育成です。物を作ることは人を育てることでもあります。ですから私は『人の育成』を非常に重要視しています。幹部会議で頻繁に人材育成の重要性について話すだけでなく、私自身が人材育成部門の責任者を務めています。私は人材育成に最も多くの時間、労力、そして資金をかけています」。
 利島氏が安川電機の社長に就任してすでに6年となるが、任期内で自らに課す重要な仕事がある。それは全社員に会社の業務を理解させ、企業の発展になぜ人材が必要なのか、いかにチームワークを発揮して仕事をスムーズに進めるのか、理解してもらうことである。「今、安川電機でこれをわかっている人は1,000人くらいしかいません。ですから次期社長にも引き続き人材育成を重視し、社内で勉強会を発足させ、系統だった教育で人材を育成してもらいたいと願っています」。
 企業はさらに地元自治体、市民、企業、学校等と密接な関係を築き、地域に貢献しなければならない。地域で基礎を固めなければ長期的な発展はできないのである。「企業が常にあちこちを走り回り遠くに行ってばかりでは、生き残っていくことはできません」。利島社長は、北九州商工連合会会長も務める。「企業の発展だけではなく、企業を通して地域に貢献できるよう考えなければなりません。ですから今の仕事の重点の一つは地域との関係構築とその維持なのです。」
 安川電機は北九州で創業した。ペリーの黒船がやってくる前、北九州は一貫して古き日本と東アジア大陸との交流の窓口であり続けたが、明治維新以後、日本の経済は太平洋沿岸に集中してきた。1980年代になって中国経済が発展し始めてようやく、北九州に再び発展の波が押し寄せてきた。安川電機は北九州から出発し、積極的に新興国、特にアジア諸国の市場を開拓してきた。
 「私が社長に就任する前、安川電機の海外業務の比率は37%でしたが、現在は海外業務が51%を占めています。安川電機のアジア諸国における発展は早く、(アジアの)占める比率はすでに30%を超えました」。もうすぐ100周年を迎えるが、利島社長は安川電機は絶好の発展期にあると見ている。新たなチャンスが対岸にあるのだ。「今、安川電機は中国関連市場のシェアを伸ばすため、さらに力を入れているところです。」

《長江》:経済学者フェルミが「収入は連鎖している」と言っていますが、安川電機の経験では、企業はどのように高収益を連鎖させるべきでしょうか。
利島:安川電機が創立時から高収益の会社だったわけではありません。「安」は日本語の漢字では「安い」という意味です。ですから多くの人が、安川電機は収益の低い会社だと思っていたくらいです。1994年、私は安川電機のある充電器工場の工場長を務めたことがあります。この工場の収益は非常に安定していましたが、今から振り返ってみると当時は注文を受けたものしか生産しておらず、改善や革新的な方策の提起はしていませんでした。
 その後、ロボットの研究開発・製造の仕事につきました。当時、ロボットに対するニーズは高かったにもかかわらず、弊社は黒字を実現していたわけではありませんでした。そのような局面に対し、ぬるま湯に浸かった経営では企業は発展していくことができないと感じました。安川電機には最新鋭の技術があったのですが、管理メカニズムがなかったのです。
 私は技術畑の出身ではないため、ロボットの開発については詳しくないのですが、顧客ニーズに対応しなければロボット市場でのシェアを高めることはできない。たとえスタンダードからはずれたやり方であっても実行しなければならないと思いました。
 黒字化に向け、若い技術者を集め海外から原材料製品を取り寄せコストを下げるように命じました。また技術開発業務を強化し、短時間で顧客のニーズを満たす製品を生産しました。例え顧客の要求が過酷なものであったとしても、必ず納期通りに開発を遂行しなければなりません。弊社のクライアントには日本の自動車メーカーもあり、この市場シェアを伸ばしたいと考えていました。そこで技術者が、メーカー側の特殊なニーズを詳細に分析し、条件に合ったロボットを開発したのです。
 会社が高収益を上げるためには三つの条件が必要です。一つは経営陣が企業は顧客のためにあると認識すること。二つ目には株主のために利益を生み出し、株主のためによい会社になること。三つ目は社員に安定した生活を提供すること。この三つの核心となる理念に沿い、安川電機は高収益を実現してきました。
 長期的な目標の設定は非常に重要です。まさに安川電機は「世界一」の実現という目標を掲げ、若い技術者のやる気を引き出してきたのです。二十数年前、ロボット部門は安川電機にとってはお荷物的な存在でしかありませんでした。シェアはとても低く、収益もごくわずかでした。若い社員の情熱を触発することによりロボット部門の収益が上がり続け、さらに技術者を刺激したのです。

安川電機のグローバル化は、大口のクライアント、製品、市場にかかっている。大手鉄鋼会社、自動車メーカー、家電メーカー等の大口顧客は、安川電機のグローバル化の発展を牽引する重大な要素だ。

利島:当社では常に革新を奨励しています。革新には失敗がつきものですが企業の発展には必要なのです。2000年までに弊社の収益は、10%にまで達しました。2008年の金融危機では打撃を受けて収益がやや下がりましたが、2010年と2011年は再び増加に転じました。

《長江》:先ほど物を作ることは人を育成すること、革新には人材が必要とおっしゃいましたが、安川電機は人材育成の面でどのような経験を積まれているのでしょうか。
利島:安川電機は創立当初、北九州の企業であり、社員のほとんどは地元の人たちでした。しかし国際化という大きな環境変化に伴い、彼らを国際的な視野・能力を持った人材に育てなければならず、そのために相当の時間と労力をかけなければなりませんでした。
 長期的に見ると、人材の育成はさらに遡って学校教育から始めなければなりません。私は北九州にある大学の理事も勤めており、よく学校と交流を持つ機会があるのですが、今の学生は企業のことをあまりよくわかっておらず、企業は新卒を取りたがらないと感じます。ですが弊社の現場を視察してみると、できるだけ新卒に仕事のチャンスを与え、仕事の中で満足感を得られるようにしているのがわかっていただけると思います。現地企業と学校側がもっと交流をもち、互いに理解を深めるよう願っています。
 新卒が入社した時、自分が何をするべきか、今何をしているのかを認識していなければなりません。在学中には学生一人一人に夢があって卒業したら大きな成功を納めたいと夢みていたことでしょう。しかし、会社に入りすぐにそれを実現するのはとても難しいことです。会社は早急に彼らを成長させ、同時に新入社員もできるだけ早く会社の事情に精通し会社の技術や業務に興味を持つ、そうすることによってしか互いにわかり合うことはできないのです。
 弊社には、ジョブローテーション制度があり、新入社員が会社に入った後さまざまな職務を体験し、実際の仕事の中で自らを成長・向上させていくことができます。ただの講義スタイルの教育では革新的な任務を勤められる人材は育たないのです。さらには徒弟制により師匠が手取り足とり新入社員を教えることになります。師匠と徒弟の間は、互いに学び分かり合うことができます。こういった言葉と肉体の両方を使った教育方法が、若い人を育成するには最もよい方法だと私は考えています。

《長江》:グローバル化という概念をどのように解釈されますか? 地域戦略とグローバル化戦略の間でどのようにバランスを取ればいいのでしょうか。
利島:弊社のグローバル化は、顧客、製品、市場にかかっており、特に大手鉄鋼会社、自動車メーカー、家電メーカー等の大口顧客は、それを牽引する重大な要素になっています。グローバル化の過程では、会社の組織構造にも調整を加えました。弊社は現地の市場状況に合わせローカル化して発展を実現します。ローカライズ戦略を推し進めるため、CEO等の職位には現地の人材を抜擢します。また、安川電機の管理の枠組みは元々垂直的だったため現地管理には向きませんでした。現在、欧米では伝統的な縦割りSBU(戦略的事業単位)モデルが徐々に瓦解しつつありますが、弊社も部門ごとの境界線をはっきりと引かず横方向の交流を持てるような管理を実践しています。

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